Everything's Gonna Be Alright
ベーシスト柳原旭の気まぐれチャンネル                
カウンター
Akira Yanagihara

ackie1969

Author:ackie1969

MENU
Mail to Akira

名前:
メール:
件名:
本文:

過去の記事
ブログ内検索

--.--.--_--:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


2009.01.19_22:46
tukigaochitekuru

大学も入りたてのある日の夜。
友達Aから一本の電話が掛かって来た。



「おい!柳原!外出て月見てみろ!!」


「?ちょっと待て。今外出るから」


「月がヤバイ!なんか変だ!」


「…?ちょっと赤いけど低い時はよくあることだし普通でしょ」


「いや!地球に向かって落ちてね!?」


「あん?」


「いやいや!月が落ちてきてる!すげーゆっくりだけど!!」


「…何言ってんねん?」


「地球に墜落すんじゃねーの!?だから大気に突入して表面燃えてあんな色に!」


「…いや、ありゃ上弦の月っつってな…」


「マジ!?普通なの?アレ。マジ焦った!!」


「普通だわ!あ、でも言われてみりゃそうも見えるかもなぁ」





物事は角度を変えたらいろんな見方ができる。

その日の月もそうで、
俺には少し赤みがかった上弦の月にすぎなかったけど
Aの視点では月が落ちてきてたのだ。






俺からしたらAは天才で奇才。

出会ってからなぜかすぐ意気投合して一緒にバンド作った仲で

世界的なミュージシャンのバンドが来日した時、手伝いで一緒に西日本を旅した仲でもあり

酔った勢いで文字通り危険な橋を渡ったこともある仲でもある。



傘を盗まれたくないから、ビニール傘の柄の部分にマジックで「呪われる」って書くような奴。

たしかにそんな傘は使いたくない。




俺はそんなAの変わった視点や発想力が大好きで

そんな奴がクリエイターとして作る音楽も大好きで。

俺のベースがはじめて商品として吹き込まれ、レーベルから世に出た作品も彼の作品だった。







そんなAが去年の7月、急に音信不通になった。


電話は誰が何度かけても出ないし、メールも返ってこない。

留守電にも無反応。コールバックもない

それが2ヶ月続き3ヶ月続いた。

Aがいろいろ大変な時期が続き、どんなに病んでた時も必ず毎日ログインしてたmixiもマイスペースももうずっとログインしてなかった。

行方も動向も誰も知らなかった。

大人に話せば「たまにいるよねそーゆー奴(笑)」で済まされる話だが、付き合い長い俺からしたら明らかに異常事態。

気づけば夏が冬になってたし。






そんな中、連絡途絶えてから約半年後、年も明けてしばらくした頃、ついに彼からメールが来た。

連絡できなかったことへの謝罪とまたそのうちまた連絡する旨だけ書かれていた。
俺はとりあえず生きてることがわかっただけでもよかった。

理由は話せる時にと思って何も聞かず、「今年もよろしく」と、自分の気持ちを少し書いて返信した。

その彼の返信は謝りの一言だけだった。







20代も半ばに差し掛かるとそりゃいろいろあるし、いろいろ背負う物も出てくる(もちろんもっと若くても大変な人もいるが)

人間関係、様々な不安、ストレス、プレッシャー、、人それぞれだが

知らず知らずに追い込まれ、助けを求めたくても誰にも頼れない、
故に強い孤独感を感じる人はすごく多いんじゃないかな。





人間、どんなに辛くて人に関わりたくないと思ってる時でも誰かには辛さや状況をわかってもらいたいと思ってる、と俺は思うんす。

誰かには理解されてたい


今はブログ然り、前述のmixiなどを代表するサイトも然り、ネットが発達してるから自分の考えを表現しやすく且つ人に知ってもらいやすくなったけど、

ホントに辛いのは誰にも言えない時期





Aに何があったか知らないし、Aがソレに当てはまるかもわからないけど、

もし俺がマメに連絡してなかったら、年明けてから俺に連絡してこなかったかもしれないし、
俺が心配してたのわかってたから連絡をくれたんだと思う。


ま、それでも俺は押し付けがましいの嫌いだし、実際人の力になれてるかはわからんけど、、

今はそんな大事な仲間がいつか復活してまた音楽一緒に創る日が来ることを勝手に信じてますが、、







周りの無言のSOS、ないですか?
無言だから、気付かない場合はたしかに多いんだけど。

世の中無言のSOSはかなり多いはず。




ここ数年は周りの仲間の仲間でも自ら命を絶った仲間の話は聞いてたし、芸能人でもよく聞く話。

無言のSOSが誰にも届かなかった人たち。

或いは届いてても届いてることに気づいてなかった人たち。

むしろ安住の地を求めてホントにSOSの気持ちがカケラもない人もいるだろうし。




いろんな状況の人がいるけど

たまには周りを見回して声をかけてあげるのも必要なことだと思います。




会った時「元気か?」の一言でもいい。

それだけで救われる人はたしかにいるんだから



俺も普段自分のことばっか考えてるけど、

このブログ見てくれてる皆さんも、幸せな時はもっと周りを見て、辛い時はもっと周りを頼って、接して話して

それで何かが少しでも良い方向に変われば、いいじゃんね。







この記事へのトラックバックURL
http://sirfunkness.blog109.fc2.com/tb.php/116-396f8459
この記事へのトラックバック
この記事へのコメント
あたしにも、そういう友達がいたよー。
いきなり連絡取れなくなって、3年くらい経ってたの。

でも急に手紙が来るようになったんだ!
それからは、ほぼ毎日手紙が来るの!

山形に住んでる子なんだけど、今度遊びに行こうと思ってます。
やまだはるな | 2009.01.19 23:36 | edit
その子もいろいろあったんだろね。
でもそれから手紙たくさん届くなんて素敵ングだぁね!
時間ができたら是非遊び行ってあげてください

そして時間ができたら俺と共演してあげてください

つって!
あきら | 2009.01.20 15:39 | edit
なんか共感するものがあったからコメントすんね。
俺の友達もオヤジが末期の癌ということで実家に帰っていてまったく連絡のとれない状況だった。ただ柳と違うのはマメに連絡とってはいなかった。彼なりに苦しんでいて自分には何もできないままいつもと変わらない時間を過ごしていては最悪なことになった場合に友達の精神が崩壊するのではと考えた。そうなる前に俺ら友人が(前の会社の同期なんだけど)できることは少ないけどやらないよりかはやれることやって彼の精神的な部分を支えをしたいと思い友達から激励のメッセージを集めてそれをアポなしで富山まで持っていくことにしたんだ。
驚かしついでに元気出して欲しいという気持ちと離れていてもみんな繋がっているという気持ちをこめて。 アポなしだからスムーズには会えなかったけど結果会えたんだ。
会って会話を交わした。
お前が一人でかかえて病んでないか心配だから富山にこれもってきたといって寄せ書きとお菓子を渡すと照れくさそうにしてた。彼は会社を休職して実家の近くで仕事をしていてその夜も仕事にいくと言っていたから長くはいれなかった。俺もさくっと帰る予定だったから家の前で15分程度はなして去ったんだ。
そしたら夜メール来て、病んでた時期もあったけど本当に嬉しい。今はみんなに会いたいというようなメッセージをくれました。

長くなったけど自分が誰かを思うという気持ちが誰かを救うきっかけになるということや見えないSOSというのは友達だから拾ってあげたいなというのが本当に思うけど全部が全部拾いきれていないから少しでも多く拾えたらなと思いました。
ゆいちろ | 2009.01.21 03:11 | edit
Name
E-MAIL
URL

password
管理者にだけ表示を許可

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。